動かないコンピュータ・その1・実例

【動かないコンピュータがやって来る】

動かないコンピュータは世の中に星の数ほどあるのだろうが、自分自身が開発した物は動かずに終わったものは無かった。自分の周囲にはコンピュータの導入に失敗する事はあまり無いと考えていたのだが、この一年少々でショッキングな事があったので報告として書いてみたい。直接利害関係のある会社の話なので、自分の正体を明確にしていないこのコラムなら自由に書ける。

動かないコンピュータ

この会社は従業員20名足らずの中小企業である。約10年前に私が開発したシステムを導入した。既にオフコンによるシステムは導入されてはいたが、当時でもこれがシステムという内容だった。内容を詳細に書くと業種が分かってしまうが、顧客管理と販売管理から在庫管理、カルテ管理を行うシステムだった。新たに導入したシステムはオフコンからデータコンバートして新システムで同様の業務を引き継ぐものだった。 オフコン時代は複数あるお店には端末は無く、本部で各店が接客した顧客のデータを入力していた。当時は7店舗程度の規模だったので、顧客が来店して資料が必要になると本部から支店にファックスで情報を送っていたらしい。コンピュータのデータをオペレーター以外は見ることも無く、必要に応じてデータを修正していたらしい。 そのようなシステムから端末が各店に入り、店頭でデータを入力し店頭で最新データを確認可能なシステムになった事は画期的だったのかもしれない。それが10年少々前の事だった。いまでこそPOSでカルテを管理出来るシステムも増えているが、業種をそれぞれの特異性を理解して開発すると共通のシステムではカルテ管理は難しいようだ。何でも出来るのを開発しても中途半端という声が多く、メガネ店は専用のシステムを求める傾向がある。

約10年少々使ったシステムを代替わりした経営者が入れ替えようとしたのがここでご報告する「動かないコンピュータ」である。オフコンからパソコンのシステムに入れ替え、そして今回は「動かないコンピュータ」を抱え込む事になった訳だが、導入に入る当初から様子が変だったと担当者は証言する。

CPU・画像

まず、導入を担当する会社の人が訪問したのが昨年の8月頃だったが、システムを管理する担当者とは名刺交換も無かったという。システムの入れ替えは社長主導で社員に何の相談も無かったという。社長のスローガンは「社員にもお客様にもより便利なシステムを導入して、データは経営的により有効な資料が取り出せるようになる」だったそうだ。社長は業務の事をどの程度知っているのか?をその担当者に尋ねてみると「月に一回も店頭に出ないので社内で一番分かっていない」という。 最初の心配は業務を知らない人がシステムを導入して上手く行くか?だった。システムが動くのは当然としても、有効活用出来るシステムが導入出来るか?を周囲は心配した。新規に導入するシステムはパッケージで仲間の会社が運用している。見学に行った社長が導入を決断したというが、何を気に入ったのか?旧システムの何が駄目なのか?は具体的な話は無かったそうだ。ただ旧システムの新バージョンは開発中で、仲間の会社に導入されるのはその歳の年末だった。約20年前に開発され、その後は改良を続け現在に至ってはいるものの、元の言語が古く新バージョンが無い為に言語そのものも変えての新バージョンは開発中だった。 それでも50店舗程度ではWindowsを少し前のバージョンにアップして使い続けている。一社、それも今は店舗数が7店舗から数店仁なったその会社では待てない程に差差し迫っているとも言えないと担当者は証言している。社長は旧バージョンの開発元に社員が導入当初から馴染まないシステムだったと証言し、担当者は馴染んでいると証言する。

どちらの言い分が真実に近いかはさておき、それから更に不思議な状況が続くことになった。導入の準備を開始した当初から数台のパソコンが到着し、それは社長室にも運び込まれた。その後、数ヶ月に渡って社長は自室に籠もり、毎月のように「来月から完全に新システムに切り替えます」と会議で宣言するようになった。

綺麗な店の中に動かないコンピュータ

その会議での発言が数ヶ月続き、年が明け「シテムに慣れるように」と社員に通達した。その時点で顧客データは殆ど見えず、オペレーションも全く出来なかった。システム習熟度テストが実施され、社長は何を求めているのか?社員の多くが不思議に思ったそうだ。通常はOJTか研修会程度で、分からなかったら担当者に聞く程度が新規システムの導入だろう。 社長の「来月から完全に切り替えます」の声が聞こえなくなったのが、移行作業を開始して半年目の2月だった。新システムの習熟度テストを行った時に社員の多くから新システムの問題点が指摘されたという。その内容は不明だが、パッケージでは無理な事だったのかもしれない。旧システムは導入した各社に向けて必ずカスタマイズされ、無茶苦茶な要求以外は各社の問題を解決してから引き渡されていた。その旧バージョンの最新版は既に他の2つの会社で運用を開始した。

 

簡単に言えば社内との調整をしないで、社長主導で新システムの導入に至った事が最初の問題だったとは思われるが、パッケージソフトですら全く動く事も無かったというのは理解に苦しむ。少なくともデータの移行を完了し、ソフトのカスタマイズについては次の課題として取り組む等の動きすら無くなったのは不可解だ。

会議が機能しない会社

社長の通達によってシステムに慣れる努力をしていた社員も今は新たなシステムを動かす事すら無くなったそうだ。社長から今後についての説明は全く無くなり、変わらないのが社長は出社しても自室に籠もって出てこないという状況だけだそうだ。 家族経営の会社で社長は先代から引き継ぎ、仕事に慣れる前に社員との間に壁を作ってしまったとも言う。このまま放置しても旧システムは新しくはならない。そのまま使うのも今年が限界というのもあって新バージョンの完成は急がれ、予定の通りに稼働を開始している。社員は予定の新システムが動かず「安堵した」と言うが、社長の心中は穏やかでは無いだろう。